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種田山頭火(たねださんとうか) 1882~1940(明治15年~昭和15年)俳人。山口県防府生まれ。本名は正一。「山頭火」の号は教師の萩原井泉水にならって運勢判断の 「納音」(なっちん)によったものである。自由律の俳句誌《層雲》で活躍した。
妻子を捨て、世間を捨て、行乞の人生を送り、自然と一体になり、自己にいつわらず、自由に一筋の道を詠いつづけた彼は、生涯約八万四千句を詠みすてた。
放浪の俳人種田山頭火は、昭和5年9月10日から熊本県八代市の日奈久(ひなぐ)温泉、織屋に3泊し、その日記に『温泉はよい、ほんたうによい、ここは山もよし海もよし、出来ることなら滞在したいのだが、――― いや一生動きたくないのだが、』と称賛し、『此宿は、夫婦揃って好人物で一泊四十銭では勿体ないほどである』と記している
なお、織屋旅館は山頭火が宿泊した全国の旅館の中で現存する唯一の建物です |